雨の梼原町・雲の上をゆく ~ 隈研吾建築物を巡る旅

 昨年11月に引き続いての四国旅、今回は高知県西部の山間の町 - 梼原(ゆすはら)町へ

 ここには隈研吾さんの建築物が5つほど点在しており今回はそれらを巡ってきた。

 標高1,400mの四国カルスト台地に抱かれた山間の町、梼原 - その名にふさわしく”雲の上の”と銘打たれた建築物はどれも見応えあるものばかりだった。

 残念ながらこの日は雨模様。愛媛県側から山を越えて高知県に入り、途中、霙(みぞれ)なども降り出したりだったけど、心配していた道路の凍結などはなく無事、梼原町へ到着。しかし到着後、暫く雨が止むこともなく、ほぼ1日雨の中での梼原町巡りとなった。まぁ旅をしていると天気なんて思い通りにはいかないもので、雨の日は雨のなりに楽しもう。

 まずは、雲の上の図書館へ - 今回1番楽しみにしていた施設だったのだが、何と!タイミング悪くこの日は休館日。まぁ出発前から休館日だという事は分かっていたので、着いてみたら閉まっていた、、という訳でなかったのだけど、今回は日程的にずらず事ができず、ひとまず外からの見学のみ。ガラス越しにちょっと中を覗いた感じだと以前訪れた富山のガラス美術館(blogはこちら)のような趣き。中にはカフェなんかもあってのんびりできそうだ。しかし、雨も降ってる上に休館日とは、正に泣きっ面に蜂とはこの事である。

 とは言え、今回は他の建築物巡りでも忙しくなりそうでもあるので、ここはまた次回来て、じっくりと本と向き合い、そしてカフェでゆっくりするなんてのも良さそうだ。

 お次は、 まちの駅「ゆすはら」へ - 梼原町の特産品なんかを販売していたのだけれど、何とここの2階には宿泊施設なんかもあり、次回はここに滞在、なんてのもいいかもしれない。この町自体に滞在するというのはあまり頭になかったのだけれど、1日滞在して本を読みながらこの町で過ごす、そして天気も良ければ最高だ、なんて思ったりもする。

 因みに高知はなかなか雨の多い地域でもあるので、次回訪れる機会があった際、天気に恵まれるかどうか、でもあるなぁ。

 出発前はなかなか町のイメージが沸かなかったのであるが、この辺りに隈さんの建築物は割りと密集しており歩いて回れるといった感じだ。訪れる前の勝手なイメージだと、山間の何も無いようなところに隈さんが建てた建築物だけが、ポツリ、ポツリとあるだけかなとも思っていたけれど、それなりに町としても成立しており、前述したようにこの町で1日過ごしても十分楽しめそうだ。

 そんな訳でお次は梼原町総合庁舎へ - 市松模様にデザインされた外観も然ることながら、内装も実に美しく、中も見学できました。平日という事もあり、中では勿論お仕事をされている方も居たりでしたが、割と自由に見学、そして、何と町長さんもおられて、「いらっしゃい」だったかな、そんな挨拶までいただけました。

 そしてこの総合庁舎の目の前にあるのは「ゆすはら座」 - そもそもがこの建物に保存運動に隈さんが招かれた事から隈さんとのこの町との関わりが始まっていったという、正に隈研吾さんと梼原町との関わりの原点とも言える芝居小屋も見学してきました。

 ここから図書館方面へ少し戻ると現れてくるのが三嶋神社だ。梼原川に架かる神幸橋はまるで神話の世界に出てくるような美しさで感動と共に時代が一気にタイムスリップしたようでもあった。

 こちらは隈さんの手によるものではないのだが、やはりこの辺りは木材を大切に生かしているのだなぁと思わせてくれる。

 そして、橋を渡ると神社の境内に出るのだが、ここに坂本竜馬の脱藩の道なるものがあった。なるほど、となると竜馬や土佐藩氏もここいら辺りを歩いていたのだなぁなんて事も思いしみじみと。

 歩いて巡れるのはこの辺りまでで、お次は車に再び乗り込み「雲の上のギャラリー」へ 

 ー 刎木(はねぎ)を何本も重ねながら、桁を乗せていく「やじろべえ型刎橋(はねばし)」のオブジェ - 見た目も実に美しいが、しかしどうやってバランスを取っているのだろうと思わせてくれる、まさに天に架かる橋のようである。真下から見上げると木を幾つも組み合わせてこの橋を造っているというのがよく分かる。

 また、この橋は中を歩くこともできた。特に何があるという訳でもないのだけど、何もないのがいい、そんな居心地のよい空間だ。中に設えてあった椅子に座り、梼原の大自然を眺める、それだけで何とも贅沢な時間であった。

 橋の端にあるエレベーターから降りると、丁度そこには「雲の上の温泉」なるものもあり、(ここに温泉があるとは知らなかったので)とてもラッキーだった。

 温泉好きの私としては入らない訳にはいかない。ちょっぴり冷えた身体に温泉が染み渡る。

 そして、温泉から出ると雨も上がり、少しだけ日も差してきた。ここに虹でも出ていれば出来すぎと言える程ではあったが、それは望み過ぎというもので、最後、薄日が差す中に佇む雲の上のギャラリーを見上げ梼原町を後にした。

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