- シーパンドン・デット島
- ラオスに島があると聞いて驚いた。そう、何と言ってもラオスは私の知る限り山国なのだから。日本で言うと長野や群馬に島がある、と聞かされるようなものである。教えてくれたのは、私がBKKで出会った○山さんだ。(因みに○山さんと出会った時のBlogはこちら)
聞くと、ラオスに流れるメコン河は下流に行く程、川幅がとても広くなっており、そこに大小様々な島が存在すると言う。その数何と!4,000もあるらしい。そのエリア一帯はシーパンドンと呼ばれ、”シーパン”とは現地語で4,000と言う意味で、”ドン”とは”島”と言う意味である。つまりは4,000の島々 - とでも言った意味であろうか。
そして、その4,000の中の1つにデット島と呼ばれる島があり、○山さんは今回の旅で訪れる予定との事である。
彼の情報によるとそこはとてもとても素晴らしい島で、彼も以前訪れた事があり、今回は香港から来た日本人の友達をそこに案内すると言う。 - ラオスを旅するのが7回目の旅人がそれ程素晴らしいと言っている島、それより何よりもメコン河に浮かぶ島、それを聞いただけで俄然興味が出てきた。
日程を聞くと私がラオスの首都 - ビエンチャン -に到着後の2日後に彼も友達と一緒にビエンチャンに来る予定だと言う。私がビエンチャンを観光後に合流すると日程的にも丁度いい気もする。そんな訳で、南ラオスへの島旅、私も同行させてもらう事とした。
- 私がビエンチャンに到着して2日後、朝の9時半にビエンチャンのタラートサオ(Morning Market)で待ち合わせ。そこに2日振りに会う○山さんがやって来た。他に日本人2人、そして何故か日本語を話す面白いスウェーデン人も1人合流していた。
我々は、最初はひとまず北上し、ラオス中部の村 - バンビエンを目指した。
バンビエンに来た目的はチュービングだ。
チュービングとはメコン河に大きな浮き輪のようなタイヤを浮かべ、それに乗ってゆらゆらと川を下っていくアクティビティらしい。-「らしい」と書いたのは実は結局チュービングは出来なかったからだ。
到着してからずっと天気が悪く雨続きで、しかもこの辺りは山間の村でもあるのでとても寒い。そう、こんな悪天候の中だとチュービングどころではないし、寒いのでここでの滞在は結局1泊だけにし、当初の目的地 - ラオスの南の島へ直ぐに移動しようと言う事になった。
しかし、ここバンビエンはとても小さな村で、昔訪れた中国の陽朔(ヤンシュオ)のような雰囲気を持った村であった。わたし的にはここはラオスの陽朔、だと勝手に思っている。
滞在した宿も家族経営で素晴らしい宿だった。特に宿のおじいさんとおばあさんの2人が仲良く、よく我々に冗談も言ってくれバンビエンの思い出と言えば結局はこの宿に尽きる。おばあさんの淹れてくれた甘いラオコーヒーが寒い我々の体を温めてくれた。
翌日バスでビエンチャンまで戻ろうと思ったが通常のバスが走っておらず、結局トラックタクシーしかなく - タクシーと言ってもトラックの荷台に乗るタイプで、一応幌は掛けてあるのだが、隙間から雨風が入ってきて、とても寒い思いをした。
お昼頃にビエンチャンに再び戻って来た。ここからは一気に南下の旅だ。その日の夜行バスで先ずはパクセーと言う町まで移動 - 翌朝6時に無事パクセーに到着。そこからトゥクトゥク(オート三輪タクシー)に乗り、別のバスターミナルへ移動。再度、長距離バスに乗りバン・ナカサンと言う村に到着。
色々と町の名前が出てきてややこしいので、簡単に言うとビエンチャン → パクセー → バン・ナカサンと言う順番で来た感じだ。
バン・ナカサンの”バン”とはラオス語で”村”と言う意味らしいので、ナカサン村、と言う事になる。 - ここは私がイメージしたいたような東南アジアの風景 - 赤茶けた台地に青い空 - が広がっており、到着後直ぐにどこからともなく子供達が走りよってきて、みな口々に「サバイディー、サバイディー」(こんにちはと言う意)と言いながら手を振ってくれる。
もうこの辺りに来た時点で私は完全に南ラオスの虜になっていた。
ナカサン村の目の前はもうデット島だ。 - バタバタバっと激しいエンジンを響かせる渡し舟に乗って直ぐにデット島に到着した。宿は○山さんが以前も泊まった宿を目指す。 - そこにはメコン河沿いに三角屋根の高床式のコテージ風建物が並び、各部屋の入り口のところにはハンモックまで付いている。
そして値段は1泊たったの1ドルであった。
ここには本当に何もない。島内には電気も通っておらず各宿やレストランの施設(島内には他に宿もあったしレストランもあった。)は自家発電という形を取っている。シャワーもメコン河の水を汲み上げたものを使う事になり、島内では特にやる事もない。
- デット島の直ぐ隣にはコーン島と言う別の島があり、ここには橋で繋がっている(その橋の話はまた次回)。その橋の上からひがな1日メコン河を眺めたり、それに飽きたら河で泳いだり。たまにはちょっとだけ歩いて島内を散策したり。他にやる事と言えばメコンの河で洗濯をして、シャワーを浴び、夕暮れ時になるとラオスのビールを飲み、夜になると橋の辺りにみなで寝転がり星空を眺める。
- そう、デット島での毎日は大体がこんな日々である。
そんな何もない日々であったが、ここでの日々はとても満ち足りた毎日だった。
島内で暮らす水牛がのんびりと草を食む大地がゆっくりと茜色に染まっていく頃、我々が滞在しているコテージの向こう側に大きくて丸い太陽が沈んでいく。背後にはオレンジ色をした巨大な月が昇ろうとしている事もあった。 - それは今まで見たこともないような濃いオレンジ色をした巨大な月だった。
人々も動物たちものんびりと幸せに暮らす、そんな素敵な島が本当に南ラオスにあったのです。