朝7時頃起床、宿からほど近いところにあるヨガのアシュラムに通い、そこでヨガと瞑想をして過ごし、お昼頃アシュラムを後にし、宿に帰る途中に昼食を摂り、宿でしばし休憩する。午後になって写真でも撮ろうかと街中をぶらぶらと彷徨い歩いて、夜はここカトマンズで出会った旅人達と一緒に夕食を囲む、これが私のカトマンズでの1日だ。
そのヨガのアシュラムの窓からは小高い丘に建つ、仏塔 - スワヤンブナートが見渡せる。今日5月4日は仏陀の聖誕祭でもあるこの日はブッダジャヤンティーと呼ばれるお祭りが催されるという事で早速出掛けてみる事にした。
ネパールの仏塔は実にユニークだ。何がユニークかというと仏塔に”ブッダズ・アイ”と呼ばれるお釈迦さまの目がデザインされており、それが何とも言えずデザイン的にもハイ・センスである。
私が学生の頃、そんなブッダズ・アイの事なんて露知らず、単に見た目がかっこいい、というだけでこのブッダズ・アイがデザインされたカレンダーを購入し愛用していた事があるのだが、初めてネパールでスワヤンブナートを訪れた時に同じデザインの目を目の当たりにした時は驚いた事は勿論だが、いたく感動し、あぁ、人生とは、旅とはあの頃から一続きだったのかなぁなんて妙に感慨深く思ったものである。
さて、ブッダジャヤンティーである。この生誕祭はインド暦の4月半ばから5月半ばに掛けての満月の日に開催されるらしく、まさにこの時期にネパールに居合わせたのは幸運である。日が傾き始めた夕方頃、ここカトマンズで出会った他の旅人達とスワヤンブナートへ - 朝のカトマンズも好きだが私はこの夕暮れのカトマンズの光景も好きなのである。
スワヤンブナートまでは町の中心地から歩いておおよそ3kmの距離にある。町中をちょっと外れただけでそこにはもう田園風景が広がり、だだっ広い広場では子供達が駆け回ったり、クリケットをしたりしている。写真を撮っているとワーッと子供達の人だかりができ、写真を撮ってくれと何度もせがまれる。そんな日常の景色はとてもネパール的だなと思う。
暫く歩くとスワヤンブナートの入り口に到着した。寺院までは400段ある急斜面の階段を登らなくてはならない。途中途中にも仏像が幾つかあり、エンジ色の袈裟を着た僧侶達がお祈りを捧げていたりする。頂上付近にはマニ車と呼ばれる仏具があり、それらをだーっと回しながらみな巡礼している。マニ車とは中に仏教の経典が入っており、これを1回まわすと1度お経を読んだ事になり、経典を読めない人でも祈りを捧げる事ができるという、チベット文化圏ではよく目にするものである。
息を切らしながら何とか頂上まで辿り着いた。近くで見るとさすがに迫力がある。仏塔の頂からは無数のタルチョが風に靡いている。タルチョとはチベットの旗祷旗の事で、五色-青・白・赤・緑・黄の旗が順に並び、それぞれ、天・風・火・水・地、即ちあらゆる世界を構成している五つの要素を表している。
また、タルチョの中心にはルンタと呼ばれる風の馬が描かれていることもあり、風に靡(なび)く度にこのルンタがタルチョに書かれたチベットの経典を世界に運んでいくのである。
青い空と無数のタルチョ、そしてシルエットになったスワヤンブナート、遠くに広がるカトマンズの町並 - そんな光景を前に今、まさに全身で仏教世界を体現する、そんな気持ちになれた。
2015年に大地震が起きたネパール。甚大な被害を被ったパタンにも2004年に訪れた時の写真があるので、当時の日記と写真を最後に紹介しておこうかと思う。
ー 朝9時30分AM、インドのダージリンで知り合い、ここカトマンズでも再会したKさんとマイクロバスに乗りパタンへ。ー パタンへは6R(x1.5円)の値段。
カトマンズから20分ぐらいで着くと聞いていたが、道が空いていたのか10分程で到着。思っていたより近くて意外だった。道中、バスの中に吹き込んでくる風が気持ちよかった。
パタンは古都である。こじんまりとしているが、レンガ造りの赤茶けた街並みはなかなか美しく、アンコールワットを思わせる寺院や、中国にあるような寺が沢山あり、時折、「おー、また中国に来たなー」というような気分にもさせてくれた。
因みにパタンの市街地に入るのに入域料が必要なのだ。1人200Rとなかなかのお値段である。見所は旧市街地とゴールデン・テンプルである。ゴールデン・テンプルの周りでは火を焚いたり、おでこに赤いマークを付けた人が祈ったりとヒンドゥー教っぽさも感じられる。この日は祭日のせいか広場では沢山の子供達が遊んでいた。そこでは子供達が体や髪を洗ったりしており、インドの沐浴風景のようだ。
帰りは旧市街地から歩くこと約1キロの所にあるチベタン難民センターに寄って帰って来た。中ではチベットから来たおじいちゃん、おばあちゃん達がマニ車を回しながら、お祈りしており聞いていて心地よい。しばらくすると、食事が運ばれてきて、何とうちらにも振舞ってくれた。無料という事であったが、帰りにドネーションという形で寄付してきました。
帰りは再びバスに乗り、カトマンズへ。しかし、バスを降りたというか、降ろされた場所がどこかよく分からず、2人でちょっと彷徨いながら、長い長い道のりを延々と歩きどうにか宿まで辿り着いた。