6月18日、ブッダガヤから30分遅れの午後3時に出発した列車は翌朝9時にインドの首都デリーに到着、そこで1泊だけし、バスに乗って今度は18時間掛けてインドの北、マナリに移動 ー これだけ長い距離を早足で移動したのには訳があった。
この年、6月28日から2日間ラダックの中心地・レーにあるへミス・ゴンパでへミス・ツェチェというお祭りが開催される予定なのだが、今年(2004年)はチベットに仏教を伝えたと言われるパドマサンバヴァの生まれ年(申年)という事で12年に1度開帳されるというタンカがお披露目され、それはそれは大きなお祭りになるという
ー そんな事もあり、その日程に間に合うべく、先へ先へと移動している訳であるのだが、ブッダガヤで少しばかり調子を崩し、デリーに到着した頃には咳きも酷くなり、体調が悪くラダックまで行けるのか危ぶまれるというコンディションであった。
マナリ到着後はそこからオートリキシャで10分頃走ったところにあるヴァシストという小さな山間の町にやってきた。ここは風光明媚な土地で、緑もとても濃く川の透明度もよしときている。
ここで1日ゆっくりと休養したところ体調も徐々に回復してきた。どうやらラダックまで行けそうである。
デリーからマナリまでのバスの中で他、日本人旅行者4人と出会った。1組は男性1人旅で、もう1組は男性1人と女性2名の3人旅のグループであった。どうやら彼等も今年のへミス・ツェチェを目指しラダックへ行こうとしているとの事である。ラダックの中心地・レーまでは飛行機でも行く手段があるのだが、わざわざ陸路で行こうという酔狂な、とでも言おうか、旅好きなとでも言うべく人達で最初は様子を伺い伺いという感じであったが、マナリに着いた頃にはもうすっかりと打ち解け合っていた。
ヴァシストからはローカルバスも出ているらしいが、私も含め5人居るという事でジープを1台チャーターし、ラダックへと向かう事にした。ジープ1台チャーターし、この時、1人1,600ルピー(約4,800円)で、ローカルバスの4倍!という値段であったが、バスの場合は途中どこかで1泊しなければならないが、ジープの場合はノンストップで行ってくれるという事もありジープを選択した。
そのジープは我々の宿の前に朝12時(真夜中だ)にやって来てくれ、ここから我々5人とドライバー1人、ラダックへの旅が始まった。途中標高5,000mの山々を4つ程越えなくてはラダックまで辿り着かないらしい。
車は雪山に囲まれた風景の中をひた走り、深い谷底の下の方には川が見える。道は殆ど舗装されておらず、車1台より少し広い程の道幅で当然ガードレールもない。それこそ落ちたら終わりで、道々幾台もの大型トラックが本当に谷底に落ちたままになっている姿を目にした。落ちてしまったドライバーはどうなってしまったのだろうか。そして、深い谷底のせいか、引き上げられる事もなく、そのままにされているトラック・・・我々もそうならないように祈るばかりである。
チベットでは峠は神聖なものとされており、高い峠を越える度にチベットの祈祷旗・タルチョが沢山、風になびき、そこには仏塔も建てられ、車窓からはもうこの先二度とは見る事ができないであろう、そんな景色がどこまでも続いていた。
途中、白いテントの建物があり、そこで昼食を取る事になった。この辺りを走るドライバーを相手に商売をしているのだろう。休憩しているドライバーも頭にターバンを巻いたシーク教徒の人が多く、この近くにあるシーク教の聖地・アムリトサル辺りから来ているのかもしれない。お店の方々もすっかりインド人の風貌からは変わって、エキゾチックさを思わせてくれる容貌だ。
乾いた大地の中をジープはひた走る。高山病に効くと言われるグルコース入りの水を沢山飲んでいた効果もあるのか、幸い高山病の症状は出ない。他のメンバーもみな、元気そうとまでは言わないが高山病にはなっていないようである。しかし、段々とやはり疲労も蓄積し始め、最後標高5,300mの峠では車を降りて写真を撮っているとさすがに息が切れた。
ヴァシストを発ってから約22時間後、夜中の10時に車は無事、レーに到着した。到着して直ぐは周りも暗く、みな高山病にこそなっていないものの意識が半分朦朧とし、「ん?着いた?」「ここがレー?」という感じで何がなんだかよく分からないような状況のまま、ひとまず車から降り、各々宿へ - 私は1人旅の方と部屋をシェアする事にし、その日は早々にベッドに潜り込んだ。
翌朝、表に出てみると澄み切った空、そして、町にはラダッキーと呼ばれるチベット系の人達、そして、そこに広がっているのは完全にチベット文化の世界であった。つい一昨日までインド文化圏の世界に居たのに、何だか身体と頭が一致していなような不思議な感覚に包まれた。
ー デリーからずっと移動しっぱなしで、標高5,000mm級の山々を越えると、そこにはチベット世界がいきなり姿を現し、正に天空に存在する幻の都市にやってきたようである。